市毛善八郎の碑

「市川三左衛門會津ノ戦終リ國元ヘ引揚ケ家来市毛善八郎付随ス弟市毛熊五郎為記念建碑ス當年八十三才」と刻まれた碑が建っている。

市毛善八郎(大森善八郎)・・・水戸諸生党。
大森家に養子に入り大森善八郎と名乗っている。水戸藩家老で諸生党領袖の市川三左衛門に仕えて慶応4年(1868年)戊辰戦争では奥州各地を転戦し、会津が落城し水戸へ戻る。
同年10月1日、天狗党との弘道館戦争で敗走し実家の熊五郎宅に身を隠すが、天狗党に察知され名乗り出て常陸長岡で斬首となる。
善八郎が名乗り出た事で熊五郎一家は生き延びる事ができ感謝して碑が建立された。
慶応4年(1868年)死去。

住所 茨城県水戸市渡里町3201−3(いきいき交流センター 長者山荘)
地図
市毛善八郎の碑 市毛善八郎の碑