橋本左内

橋本左内・・・福井藩士。
嘉永2年(1849年)に大阪の適塾で緒方洪庵に蘭学を学ぶ。安政4年(1857年)藩校 明道館学監に起用され、同年に松平春嶽の側近として登用される。
以降は松平春嶽の意を受けて国事に奔走し、将軍継嗣問題や幕政改革を訴え開国論を展開。
安政5年(1858年)7月5日に松平春嶽が幕府から隠居謹慎を命じられた事により橋本左内も政治活動から退いたが、
安政の大獄によって将軍継嗣問題に介入した罪を問われ江戸の伝馬町牢屋敷で斬首となる。
天保5年(1834年)3月11日誕生。安政6年(1859年)10月7日斬首により死去。

住所 東京都荒川区南千住5丁目33−13 小塚原回向院
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橋本左内の墓 橋本左内の碑
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