後藤哲之介
後藤哲之介・・・水戸藩士。
常陸国和久村の庄屋を務め、町田郷校が建設された際には責任者として掛りに任命され、のち水戸郷士に取りたてられる。
安政5年(1858年)戊午の密勅では勅書返納反対運動に参加し、鎮圧後に新潟へ逃走する。
新潟で桜田門外の変において井伊直弼を暗殺した広木松之介と出会い、旅費を渡すなど逃走を助ける。
文久元年(1861年)水戸訛りが咎められ捕縛され、井伊直弼を暗殺した広木松之介だと名乗り絶食死する。
文久2年(1862年)9月13日死去。
住所 東京都荒川区南千住5丁目33−13 小塚原回向院
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後藤哲之介の遺墳 |
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