源慶寺
井口慎次郎・・・会津藩士。
会津藩士馬廻格 井口隼人の長男。日新館で学び、慶応4年(1868年)戊辰戦争の際には15歳で白虎隊士として奮戦。
明治9年(1876年)10月29日、萩の乱に呼応し千葉へ向かおうとしていた思案橋で捕縛され斬罪となる。
明治10年(1877年)2月7日死去。
高津仲三郎・・・会津藩士。
変名は中原成業。会津藩儒 高津平蔵の三男として誕生。上洛して京都守護に任じ、慶応4年(1868年)鳥羽伏見の戦いで負傷する。
会津戦争では遊撃隊長として越後口、長岡戦争を戦い、戦後は戦没者の埋葬に尽力する。
明治2年(1869年)7月12日、会津藩士に対し苛烈な施策を行った民生局監察方兼断獄頭取 久保村文四郎(旧越前藩士)を殺害する。
明治9年(1876年)10月29日、萩の乱に呼応し千葉へ向かおうとしていた思案橋で捕縛され斬罪となる。
文政10年(1827年)誕生。明治10年(1877年)2月7日死去。
竹村俊秀・・・会津藩士。
会津藩士 竹村助兵衛の子として誕生。藩校日新館で優秀な成績を修める。慶応4年(1868年)戊辰戦争では仙台藩との交渉を担当し、籠城戦では狙撃隊長として奮戦する。
敗戦後は転封により斗南に移住し青森県開墾掛頭取を務め、退職後に上京する。上京後は永岡久茂と行動を共にし、萩で前原一誠と面会し思案橋事件の翌日に東京へ戻った所を捕縛され斬罪となる。
弘化2年(1845年)誕生。明治10年(1877年)2月7日死去。
住所 東京都新宿区富久町9−23
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思案橋事件3名の墓 |
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