煙硝倉跡

安政5年(1858年)に薩摩藩主 島津斉彬が火薬製造所である煙硝倉を建設した地。
四町七反歩(14,100坪)の広大な地を誰も踏み込めないように枳殻、棕櫚、杉や松で囲っていた。
兵廠30軒が建てられ、イギリス人が硝石試験を行い、他藩からの伝習生も滞在していた。
明治10年の西南戦争で官軍により焼き払われた。

住所 鹿児島県鹿児島市小松原2丁目38−11 周辺
    地図
   煙硝倉跡之碑 煙硝倉跡   
煙硝倉跡 煙硝倉跡 案内