超勝寺
中西君尾・・・芸妓。
丹波国西田村の侠客 西田友七と母 お袖の子として生まれ、父の横死後に母と京都に出てきた。
佐賀藩を脱藩していた宮部掃部の連子となり、宮部掃部が佐賀藩に帰参した後に槍術師範の松尾平蔵の養子となる。
17歳で祇園の芸妓となり、茶屋魚品で長州藩士 井上馨と出会い恋仲となる。
井上馨がイギリスに密航する為に別れる際には鏡を別れのしるしに送り、元治元年(1864年)9月25日に俗論党に襲われた際に懐の鏡が井上馨の一命を取り留める。
勤王志士と多く交流し勤王思想であったために新選組に捕縛された際には黙秘を通す。
のち長州藩士 品川弥二郎と恋仲となり一子をもうける。戊辰戦争で歌われた「宮さん宮さん(トコトンヤレ節)」は品川弥二郎が作詞し、君尾が作曲したともいわれる。
弘化元年(1844年)誕生。大正7年(1918年)2月17日死去。
住所 京都府京都市左京区超勝寺門前町82−1
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中西君尾 |
中西君尾 右面 |
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| 中西君尾 左面 |
中西君尾 裏面 |
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| 中西君尾 |
超勝寺 |
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