天野八郎の碑
天野八郎・・・幕臣。彰義隊副頭取。
上野国甘楽郡磐戸村の名主 大井田吉五郎忠恕の次男として誕生。幼少より学問と武術を修め、直心影流剣術を学ぶ。
江戸町火消与力 広浜喜之進の養子となるが翌年離縁し、天野八郎と名乗る。慶応4年(1868年)鳥羽伏見の敗戦後に抗戦派の一員となり彰義隊副頭取となる。
頭取の渋沢成一郎と意見が分かれ、分裂した彰義隊の頭取として5月15日の上野戦争を戦い、敗戦後は市中に潜伏するが密告で捕縛され、獄中で病死する。
天保2年(1831年)誕生。明治元年(1868年)11月8日死去。
住所 東京都荒川区南千住1丁目59−11 円通寺
| |
天野八郎の碑 |
|
 |